支援記録のペーパーレス化 - 現場が語る障害福祉DXのリアル

支援記録のペーパーレス化はメリットだらけ?

現場が語る障害福祉DXのリアル

個別支援計画、サービス提供記録、連絡帳…。気づけば机の上は書類の山、という光景は多くの事業所で共通の悩みではないでしょうか。

令和3年の調査によれば、グループホームにおけるICT導入率は約45%に過ぎず、導入の有無による「二極化」が静かに進行しています。紙ベースでの業務は、もはや「仕方ないこと」ではなく、事業所の持続可能性を左右するリスクとなりつつあります。

この記事では、支援記録のペーパーレス化について、当事業所での事例を交えながら、具体的なメリットと導入の壁を乗り越えるヒントをお伝えします。

1. 「紙」での支援記録が抱える限界

従来の紙での記録管理には、次のような限界があります。

情報アクセス制限がもたらす「待機時間」

紙の記録 (物理的に一つ)

アクセス要求

職員A (待機)

職員B (待機)

「あの利用者さんの昨日の様子を確認したいのに、ファイルが戻ってこない…」

情報へのアクセスが制限される

手書きのファイルは物理的に一つしかないため、複数の職員が同時に確認できません。「あの利用者さんの昨日の様子を確認したいのに、ファイルが戻ってこない…」という状況は、迅速な情報共有を妨げます。また、複数事業所の管理や緊急時の対応で、現地に行かなければ情報にアクセスできない問題もあります。

同じ内容を何度も書く非効率さ

日々の記録、連絡帳、業務日報など、複数の書類に同じ内容を何度も転記する作業が発生します。時間のロスだけでなく、転記ミスの原因にもなります。

これらの限界は、業務効率の低下だけでなく、情報共有の遅れや職員のストレス増につながり、支援の質の低下を招くリスクをはらんでいます。

2. ペーパーレス化がもたらす3つの大きなメリット

業務効率化

Before (紙)

情報の物理的な制約

何度も転記、アクセスは1名のみ

After (電子化)

リアルタイム共有/自動反映

記録負担・保管スペースを削減

支援の質向上

Before (紙)

過去データの活用が困難

人間による客観視の限界

After (電子化)

AIによるデータ分析・原案作成

家族とのリアルタイム連携強化

若手職員の定着

Before (紙)

旧態依然とした事務作業

柔軟性のない働き方

After (電子化)

デジタルツールでストレス減

残業減、柔軟な働き方を実現

2.1. 業務効率化で「本来の支援」に集中できる

ペーパーレス化による最も直接的な効果は、業務の劇的な効率化です。

  • 情報共有の迅速化 : 記録した情報はリアルタイムで全職員に共有され、申し送りがスムーズになります
  • 記録作業の負担軽減 : 一度入力したデータは様々な帳票に反映でき、何度も同じ内容を書く手間がなくなります
  • 保管スペースの削減 : 大量のファイルが不要になり、事業所のスペースを有効活用できます

ただし重要なのは、効率化で生まれた時間は目的ではなく、「より質の高い支援」を実現するための貴重な資源だということです。

2.2. データ活用で支援の質が向上する

アセスメントシート~個別支援計画原案の作成期間比較

Before: 紙ベースでの手作業

3週間

(21日間)

90%削減

After: 電子化 + AI分析

3日

(作業効率が劇的に改善)

電子化は単なる効率化ツールではありません。蓄積されたデータを活用することで、支援の質そのものを大きく向上させることができます。

AIによるアセスメント、個別支援計画の原案作成。「むらふぁか」では、日々の支援記録データをAIに読み込ませ、利用者さん一人ひとりの特性や過去の支援経過に基づいたアセスメント、個別支援計画の原案を自動作成する仕組みを構築しました。AIは人間では見落としがちな行動パターンや変化の兆候を客観的に抽出し、要約やアドバイスを提示してくれます。3週間かかっていた作成時間が3日で終わるという劇的な変化です。

ご家族とのリアルタイムな連携強化。利用者さんの日々の支援記録をご家族に毎日共有することで、「昨日はこんな様子だったのですね」「この支援について、家庭ではこうしていました」といった反応やアドバイスがすぐに得られます。事業所と家庭が一体となった、より質の高い支援が実現できています。また、ご家族からの感謝の言葉が支援者に直接届くことで、職員のモチベーション向上にもつながっています。

2.3. 若手職員が定着する「働きやすい環境」を実現

障害福祉の現場では、人材の確保と定着が大きな課題です。デジタルツールを使いこなすことが当たり前の若い世代にとって、ペーパーレス化は「働きやすい」と感じられる環境を作る重要な要素です。

むらふぁかでは支援記録にGoogleスプレッドシートを利用しています。インターネット環境さえあれば場所を選ばず記録の確認や記入が可能です。これにより事務作業のための残業を減らし、柔軟な働き方が可能になります。結果として優秀な人材の確保と定着に大きく貢献しています。

3. 最大の壁「ITが苦手な職員」への向き合い方

多くの事業所が導入をためらう最大の理由が「ITが苦手な職員への対応」です。実際、知り合いのグループホームでは、システム導入を通達したところ、職員から「私、できないから辞めないといけないのかな…」という不安の声が上がったそうです。

正直なところ、私も導入時にこの問題を乗り越えられるか不安でした。しかし、鍵は意外とシンプルなところにありました。

ポイント1: 理念の浸透

「なぜ電子化するのか」を納得してもらうまで説明し、苦手の克服はスキルアップであると伝える。管理者が強い信念を持つ。

ポイント2: 使いやすいシステムの選定

LINEやメールと同じ感覚で操作できるシステムを選ぶ。「タップ式」など、使い慣れたスマホ操作が心理的ハードルを下げる。

ポイント3: 充実したサポート体制

丁寧な研修だけでなく、**動画マニュアル**など、職員が自分のペースで何度でも見返せる仕組みを用意する。

ポイント1: 理念の浸透

「パソコンの操作は苦手」「タイピングができない」という職員にも、ペーパーレス化の必要性とメリットを納得してもらえるまで説明します。遅かれ早かれ、紙の手書き記録は淘汰されます。苦手を克服する道のりは、自分のスキルアップの道と同じです。管理者が強い信念を持って説得すれば、徐々に職員にも浸透していきます。

ただし、これは開業当初からペーパーレスだった当事業所だからできた面もあります。運営の途中から切り替える事業所では、次の2つの工夫が重要になります。

ポイント2: 使いやすいシステムの選定

多くの人は日常的にスマートフォンを使っています。LINEやメールと同じ感覚で操作できるシステムを選ぶことが成功の鍵です。ある導入事例では、記録方法が「タップ式」中心であることを伝えたところ、「タップ式ならいける!」と多くの職員から前向きな反応が得られました。使い慣れたスマホでの簡単操作が、心理的なハードルを大きく下げてくれます。

ポイント3: 充実したサポート体制

新しいシステムを導入する際、職員への丁寧な研修は不可欠です。しかし、特にパソコンの基本操作から教える場合、双方にとってストレスになりかねません。むらふぁかでは「動画マニュアル」を作成し、何度でも見返せる仕組みを作りました。職員は自分のペースでいつでも繰り返し視聴して学ぶことができます。週1回しか勤務しない職員も安心して操作を覚えられ、職員同士で教え合う負担も軽減されました。最初から動画マニュアルを用意しているソフトも多くあります。充実したサポートの有無も選定の重要な要素です。

4. これから始める事業所のための導入ステップ

これから電子化を検討する事業所のために、実践してきた導入ステップを2つにまとめます。

1

ステップ1: 現状分析と適切なシステムの選定

現在の業務の非効率な点を洗い出し、課題を解決できるシステムを価格・操作性・柔軟性の観点から選定する。

【選定時のチェックポイント】職員が直感的に使えるか / トータルコスト / 機能の柔軟性

2

ステップ2: 職員への研修と理解促進

操作方法だけでなく、「なぜ電子化するのか」という意義を丁寧に共有し、組織全体の協力体制と前向きな意識改革を促す。

【重要】効果を実感しやすい部分から始め、情報セキュリティ対策も忘れずに講じる。

ステップ1: 現状分析と適切なシステムの選定

まずは現在の業務のどこに時間がかかっているのか、何が非効率なのかを洗い出しましょう。その上で課題を解決できるシステムを選定します。

選定時のチェックポイント:

  • 職員が直感的に使えるか(操作性)
  • 初期費用と月額費用を含めたトータルコスト(価格)
  • 現場のニーズに合わせて機能がアップデートされるか(柔軟性)

ステップ2: 職員への研修と理解促進

システム導入は全職員の協力があって初めて成功します。単に操作方法を研修するだけでなく、「なぜ電子化するのか」「どんなメリットがあるのか」という意義を丁寧に共有し、組織全体の協力体制を築くことが不可欠です。「利用者さんと向き合う時間を増やす」という共通目標で、前向きな意識改革を促しましょう。なお、導入時は日々の記録など効果を実感しやすい部分から始め、情報セキュリティ対策も忘れずに講じることが重要です。

5. まとめ: ペーパーレス化は持続可能な事業運営への第一歩

支援記録のペーパーレス化は、単なる事務作業の効率化に留まりません。職員が記録業務から解放され、本来最も大切にすべきケア業務に集中する時間を創出するための、極めて重要な**戦略的投資**です。

もちろん、ITが苦手な職員への丁寧な配慮は必要不可欠です。しかしそれは、将来の担い手である若手職員が定着し活躍できる魅力的な職場環境を作るための「**未来への投資**」でもあります。

冒頭で触れたように、福祉業界ではICT導入を巡る「二極化」がすでに始まっています。ペーパーレス化は、今後10年、事業所が質の高い支援を提供するリーダーであり続けるか、人手不足と事務負担に苦しむ側になるかを分ける、決定的な一歩となり得ます。

適切なシステムを選定し、現場の職員と対話を重ねながら段階的に導入を進めることで、必ずその効果を実感できるはずです。より良い福祉支援と持続可能な事業運営を実現するため、ペーパーレス化への第一歩を踏み出してみませんか。

© 2025 支援記録のペーパーレス化 - 障害福祉DXのリアル

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